昨日は一日遅れの「満月瞑想会」でした
少し早く家を出て
近くの桜の名所に立ち寄りました
日没前の光が好きなので
刻々と変わっていく夕方の光の中で
すこしずつ表情を変えていく桜の花を
眺めていました
道の上にさしかかる
花の枝に顔を近づけると
かすかだけれど たしかに
切ないような匂いがしました
ねがはくは 花のもとにて 春死なむ
その如月の 望月のころ
西 行
先日 西行戻しの松のにあってきたせいでしょうか
咲き誇る桜花を見ながら
昔 教わった和歌が浮かんできました
西行の歌は
彼の美学が現われでしょうが
満開の桜には
西行でない私たちにも
生きることと死ぬことを考えさせる
そんな力が あるように思います
昨日の瞑想会でも
不思議に
みなさんから死にゆくことと生きることの話がでて
私も
気がつけば
此岸と彼岸を行き来しているような
わが父のことなど
話していました
月並みだけれど
終わりがあると知っているから
今という一瞬がことさらいとおしい
そんなことを思いました